■今日もはれ
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■ さよならsa55t
長らくご愛読いただきましてまことにありがとうございます。
南アでの生活を終え、日本に帰ることになりました。
この「今日もはれ」のタイトルにあります「はれ」にはいろいろな意味を込めておりました。
単身生活の寂しさをよそに、無情なまでに晴れ続ける南アの空であったり
それこそ文字通りの南アの素晴らしい乾燥しきった「はれ」であったり
そして、地上の政治や歴史や人種のいざこざを達観した様子で毎日見下ろしている「はれ」た空であったりしました。

また日本を不在にしている間の父の様子を将来これを読むかも知れない息子たちに、彼の地で父が何を見、何を感じていたかも残しておこうという「記録」という役割も大いにありました。
いま、日本に戻るにあたり、その大半の「はれ」の主題がその役割を終えたと感じるにあたり、日本でこれを続けていく意味が希薄になりつつあります。
また、連日の投稿も難しい状況が見え隠れし出しております。

ということで、いったんこのblogを休止し、また別の観点がひらめいた時点で何らかの発信ページを創って行きたいと思うようになりました。
次に何がくるのか、このままの不定期継続か、便利ではあるが急激に失せるデジタルへの興醒めからくるfilm回帰のblogか。
写真ではなく映像に特化した新種のblogか、はたまたラーメン紀行か。家作りblogか。生録blogか。
FC2か、exciteか。
今日現在何も決まったものはありません。が、何かの区切りをつけたいような気持ちが大きいのであります。

ということで、いったん更新を中断し、また別のコミュニティーで、新たなリレーションでお目にかかりたいという思いもあります。
そう、いつかどこかでお会い致しましょう。そして別の名前で。
そのときを楽しみ。

sa55t「今日もはれ」  完。
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なんちゃって
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by sa55t | 2009-06-03 00:05 | その他
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■ さよならSA 6 君たちの国
ここは君たちの国。厳しい状況に置かれているけれど、このままではだめだ。
この土地は、この空気は、そしてこの晴れは君たちの為にある。
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by sa55t | 2009-06-01 22:31 | ポートレート
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■ さよならSA 4
普段の、そうすぐ隣の景色がいとおしく朝から回り始める。
その反動か、昼は何も整理がつかず、時間だけが過ぎてゆく。
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by sa55t | 2009-05-30 22:56 | 朝刻夕刻
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■ さよならSA 2
この広い空が、この澄んだ空気が、そしてこの晴れ続きが、ずんと根深く心に残る。
振り返れば良い国だった。
白人黒人の格差は開いているし、ブラックダイヤモンドと呼ばれている、黒人裕福層とも格差は広がっている。
しかし、あからさまな差別というモノを眼にしたことは無かったし、差別の環境も全く無かった。
白人の、しかも高年齢層の心の中にある差別意識も希薄になりつつあるが、それよりも経済的な格差が新たな問題で、犯罪の大温床になっているように思われる。しかし東洋人に何かをする術無し。
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もう最後、とうことで渾身の1024。あれ?
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by sa55t | 2009-05-28 03:28 | 朝刻夕刻
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■ さよならSA (South Africa )
いつかはこういう日が来る、ということは当然判っていた。
一生ここに住んでいられるわけではなし、ある時点で引き上げなければならないことは判っていた。
やっとお前たちとまた暮らせるようになるけれど、こんな国と思っていた南アにこんなに後ろ髪を引かれるとは思ってもみなかった。
そして呆然と立ち尽くす
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渾身の1024、あれ? でも29K
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by sa55t | 2009-05-27 05:05 | 朝刻夕刻
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■ 漁師 セントフランシスベイ2
薄暗い早朝から漁に出るという。
何を釣るかというとイカだそうだ。
日本と同じような電気煌々と漁をする船ではなく、小さな船で出るのだという。

早朝の出発って遅くない?
いつもこの時間に出ている。
こんな時間で取れるの?
これで釣るのさ。
え、こういうのでイカが釣れるわけ?
少しだけど釣れる。

この3人はそそくさと船に乗っていった。零細な雇われ漁師であろう。
上っついたところがなく、堅実な感じが伝わった。
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by sa55t | 2009-05-26 03:42 | ポートレート
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■ セントフランシスベイ1
ジョハネスバーグは1600mmほどの高地にある。
軽井沢の倍ぐらいの標高だ。だから一年中心地よい。冬だって昼間は半袖の日が多い。
そして内陸故、ヨットに乗るなどと言うことは、昔乗っていたヨットに乗ろう等とは当然念頭に無かった。
なので、海辺の街に行くとついついハーバーを探してしまう。
ヨット、それは一言では語れない。ちょっと週末に行ってちょっとクルージングを楽しむ。
それは極断面、いやいやほとんど現実からはかけ離れている。
ヨットをやると言うこと、それはほとんどの時間をすべて海に費やすと言うこと。
街を捨て、友を捨て、場合に寄っては家族を捨てすべてヨットに費やすと言うことだ。

海辺の街に行くとついついハーバーを探してしまう。しかし、そこは「ボートのハーバーだった。
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by sa55t | 2009-05-25 05:17 | 南ア
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■ レニー 42才
いわゆる電車の無いこの国の交通機関は車。
そして街のコンビニはゼロで、しかしガソリンスタンドには売店がある。
だがちょっとしたものはほとんど交差点に立つ売り子が販売している。
誰も買わないし、止まらないが、ハンガーやパパイヤやサングラスやサッカーチームの旗などを売っている。
こんなんじゃ商売になりそうにない中でコンスタントに売れるのが新聞。
逆に交差点で買うのが大変一般的。いつも立っているレニーもその一人。

6時から9時まで販売している。みんな買ってくれるから結構忙しい。
42才だ。子供が二人いる。
うん、何とか食べていける。

彼はまるで小鳥のさえずりのような不思議な口笛を吹きながら毎日新聞を売っている。

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by sa55t | 2009-05-23 04:59 | ポートレート
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■ キリスト教右派
フランスは敬虔なキリスト教徒。仕事以外は教会にその全てを捧げている。
水曜日は19-21時
金曜日は21時-翌朝の4時
土曜日は12時-16時
日曜日も12時-16時
彼は毎週毎週この時間に教会に行って踊り歌い祈るのだそうだ。
ほとんど自由な時間はないという。

教会に行くのは楽しい。心が自由になる。そして人間は祈らなければならない。
自分の時間?それは教会に行くことだ。
うん、どんなことでもする、教会の為なら、なんでもする。「どんなことでも!」
彼はきっぱりと言い切った。
ある意味「敬虔さ」が「狂信的」に置き換わっている。
イスラミックな連中に、また教会を汚すあらゆる者に対し、爆弾背負って突っ込む事を厭わないという。

ZCCと刻まれた 片時もはずさない、胸の星バッジが光った。
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by sa55t | 2009-05-22 00:44 | ポートレート
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■ 醜い日本人社会
面白い記事を見つけた。
萬晩報主宰 伴 武澄さんが65年頃当時の南ア体験談を綴られている。
ここで驚くのは、今と44年前とでは状況があまり変わってはいないと言うこと。
人種差別は無くなり、黒人達の中にもポルシェやジャガーを乗り回す連中が出てきて、表面は変わりつつある。
しかし、この国の底流に流れる物はどうだろう。あまり変わっていない気がする。
ここに出て来る44年前の日本人の生活と今のここに住む我々の生活にそんなに差はない。奥様方の感情もこんなに近似であるとは本当に驚きである。50年やそこいらでは、日本人は変わりようがないのか?
本来ならば、ここの国にいて、伴さんのように深く掘り下げて、物事を書かねばいけないのだろうが、当時と事情が違う一番のところは街を歩けなくなったこと。車から出ることが出来なくなったこと。当然車の中では情報が限られてしまうことだ。

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萬晩報主宰 伴 武澄
南アフリカには1965年の春からちょうど2年間滞在した。家はプレトリアの高級住宅街にあった。前庭は芝生が生えていて子どものサッカーが十分にできるほどの広さがあった。1000坪はあったと思う。

道路から出入り口が二つあって二階建ての家の後ろに乗用車が6、7台はゆうにとめられる駐車場があった。そのさらに向こうに果樹が何本か植えられている大きな裏庭があった。それまで日本では2Kの狭い公務員住宅に住んでいたから、そこは邸宅と呼んでいい住居だった。

家にはユリさんという40歳前の背の高いやせた女性のお手伝いさんが住み込みで働いていた。彼女のすみかは母屋から2、30メートル離れたところにあった。サーバント・クォーターといってどの家にも使用人の離れがあった。電気は裸電灯があるだけまし。便器は水洗だが、座るふたがなかったし、シャワーにお湯はなかった。“使用人”とはいえ母屋とはあまりにも違う住環境だった。

日本にもかつては女中や下男を置く家もあったが、少なくとも住むところは同じ屋根の下だった。だからサーバント・クォーターはまさに異なる人の住むところという印象があった。

ユリさんの賃金は食事付きでたぶん月5000円程度だったように思う。まずは白人の数十分の1以下である。主食はミリミールというトウモロコシの粉を炊いたもので、見かけはマッシュポテトのようなものだった。副食には必ず肉があったから栄養的にいえばそう貧しくはなかったが、生活レベルは雲泥の差である。

筆者が住んでいたプレトリアは南アの首都で、日本人は総領事館の5家族しかいなかった。子どもは筆者の兄弟3人とあと1人の小学生だけだったが、70キロほど離れた商都のヨハネスブルグには日本人が500人ほどいて日本人学校もあった。

狭い日本人社会ではよく行き来があった。日本人同士のパーティーもしょっちゅうあった。そうした集まりで必ずといっていいほど話題になるのが黒人メイドのことだった。「不潔」「低能」などといって罵倒するのはいいほうだった。一番いやしいと思ったのは奥さま方が黒人メイドの「盗み」にどう対応しているか喜々として話している場面だった。

ほとんどの家庭が日本では考えられないほどの王侯貴族の生活を満喫しているのに、メイドたちが「砂糖を盗む」「しょうゆがいつの間にか減っている」といったけちけちした話にうつつを抜かしていた。美しく着飾った日本の奥さまたちが砂糖を盗んだといってメイドを面罵する場面を想像するだけで恥ずかしかった。

町に出れば自分たちも差別される身でありながら、南アのアパルトヘイト政策を批判する場面に遭遇することはまずなかった。

そりゃそうかもしれない。当時の日本では想像も出来ないプールとテニスコート付きに邸宅に住み、何人もの使用人にかしずかれる。アパルトヘイトさえなかったらおよそ天国といっていい。多くの日本人はその生活レベルに舞い上がっていたに違いない。しかし筆者にはそのアパルトヘイトが許せず、現実を直視せずにアパルトヘイト政策を支持するような日本人こそが醜い存在だった。

同じような日本人社会は南アが特別ではなかったはずだ。タイでもインドネシアでもあったはずだ。戦争に敗れて20年しかたっていない日本人はようやく豊かさの入口に立っていたが、まだ貧しかった同じ有色人種の仲間たちを白人以上にぞんざいに扱っていたのだ。

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伴さんは面白い視点で南アを分析しておられる。
興味のある方は以下をどうぞ。
アイ・アム・ノット・チャイニーズ
お前たちの来るところではない
ヘイ・チャイナ・チャイナ
南アフリカでインドに目覚めたガンジー
ローデシアの一方的独立


黒人の家の中を覗いてみよう。ここは少しハイクラスの黒人の家、ずいぶんと広い。
パラフィン使用のコンロ その横は照明用のろうそく。 炊事設備はこれだけ。隣に見えるロッカー?にすべての持ち物が入っている。
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共同蛇口が多い中、何と水道が来ている!しかし電気は来ていない。光が入っている!!!
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ベッドと、枕元には娯楽用のラジオ。壁には教会の制服と教会の創始者の写真。持ち物はほとんどなし。メイド部屋だと最近はこれに便所とシャワーが付く。
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国民の大半を占める黒人はこういう黒人居住区に住んでいる(タウンシップという)建築材料など無く、拾ってきた廃材を紐で縛って出来上がりと言う家が大半。他国に比べれば、この国の家は屋根や壁が有るだけまし。4本の柱にゴミ袋のビニールをかぶせただけのような家が多い国の連中から見れば、ここは天国に見えるだろう。だからか、不法移民は後を絶たない。
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by sa55t | 2009-05-21 05:58 | 南ア