■今日もはれ
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■ 待っていてくれ!!!!
親父が風呂で倒れていたという。
息がない??
待っていてくれ、今帰る!!!!

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by sa55t | 2008-09-28 15:53 | ポートレート
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■ アナログを知らない子供たち
無理からぬ事だとは思うけれど、今の子供達はターンテーブルで鳴らすレコードというものをほとんど聞いたことがないだろう。
無いと言うことは比較「対象」が無いわけで、CDに代表されるデジ音源の比較評価は出来ないだろう。
代わりにDATはどうだ、MP3はと言うことになるのだろう。
写真ではと言うと、焼きを知らずしてデジタルでモノクロやっても無理。
プリントやっていないでそれの再現をしようがないでしょう。まず比較「対象」が無いわけで、これでは白黒グレーで構成された絵でしかない。
自分で焼いて、ココは覆って、ココは焼き込んで出来た絵見てうーんと唸って、感動して失望して。
そういう経験がないままCS3で焼き込んで覆ってどうなるのかな。紙焼きと言う「対象」があって、そこに近づける道具じゃないのかな。比較対象物無きままどうやって処理するのか不思議。
でもデジにはデジなりの何かがあるんだろう。
今度はそっちにパパが入っていけない(笑)おまえたちはそっちで進めばよろしい。

μ/TX 延吉
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by sa55t | 2008-09-28 02:27 | プリント
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■ 写真を展示すると言うこと
箱が混んでいると、早くて半年後以降のある期間を押さえなくてはならない。
あるところでは12ヶ月も先まで埋まっていたところも希ではない。
従って準備期間は長い。

室内
ただ場所借りれば良いというものではなく、場合によってはギャラリーの室内装飾まで手を加える人もいる。
自分に一番あった「場」を自分自身で想像し創造していくためだろう。
予算の多寡に拘わらずこれはありだと思う。
逆に避けたいのが「○○さんえ、個展開催おめでとう」的花。
これはもらうとか片づけられななくて、結局展示場所に置いたままになる日本人。
展示の壁は最低限、パパは前展示の釘後はパテで埋めて壁は再塗装していた。

展示順、順路方向。
違和感の無い自然な導線(動線)を確保しつつ、展示順には気を使う。
映画を逆から見る人がいないのと同じように、自分の絵も考えた順番で見て欲しい。
冒頭のつかみの絵はどれにするか、何枚目にメインを持ってくるか、何処で手を抜いた絵を挿入していくか(これ凄く大事)、トーンの乱れない順番は。
色々想像を巡らせながら事前に会場に何回も足を運び想像をふくらます。
しかし見る者にそれは強制出来ず、往々にして逆回りで見てもらったりなる現実(爆)

最重要なのは照明。明るさと位置。
一灯で一枚を照らすか、何灯かで一枚を照らすか、テカリや反射は。光の種類で焼きを変える人もいる。
これなどは美術館の展示が参考になる。
写真の撮影者やプリンターに取って、展示と言うことは全く別次元の創作行為であるため出来れば専門家にお願いしてこちらの意志を十分に伝えた上でお任せしたいが、なかなかそんな風には都合がつかず頭を悩ます。
パパの展示、うーん黒が多いのでガラス(このガラスにも色々種類があるんだけど)は外しちゃうね。ガラスなしに生絵でこちらの感動が伝わる気がして。
もちろん売り物にはならなくなるので、APとして取っておく。

とはいうものの、箱の限られた自由の中で何処まで表現できるのでしょうか。
色々書いたけれどギャラリーオーナーとの共感の共同作業。これが一番肝要でしょう。
映画で言えば自分が監督したロードショウ。
初日を夢見て色々準備をするのは、個展の醍醐味。楽しいね個展は。

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by sa55t | 2008-09-27 03:34 | 写真
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■ 個展をやると言うこと
これは個人でなければいけない。
当たり前だよね「個」展だもの。
グループ展を何回かやって、ずいぶん精力注いだけど結局は「出しました」で終わってしまって焦点のぼけた展示会場に気が抜ける。当然各人主張はバラバラだし、見る方は見る方でどうしても比較対象で見てしまう。(これやだね)
逆に見る方の利点もあって、色々な人の絵が一回で見られるというのはこれは大きな利点で捨て難くはある。
かといって個展は金が掛かります。客足を考えると2Wははりたいし。印画紙、マット、額、DM、箱代、うーん100万は掛かるよね。
場所、これ一番大事、箱の雰囲気と自分の写真のちぐはぐ気にする人いるはずなんだけど。
ココの箱じゃやりたくないってあるでしょ。
自分の写真の雰囲気と全然違う箱じゃ、写真は台無し。例えばアユミギャラリー、好きなギャラリーの一つだけれど、ココでと考えるとどうしても絵はココの雰囲気に引っ張られる。
逆にニコンサロンじゃ心情写真がだいなしだ。
ココでやりたいなぁって、ありますね。今は無き虎ノ門PGIとか、渋谷Eggとか イルテンポも良かったです。そしてすでに過去形のホカリファインアートも小さく落ち着いた雰囲気で良い展示が期待できた。

でもこのweb時代、写真を見てもらうだけなら画面でカタログを見れるように見られる。
これでどれだけ現場に来てもらえるのだろうか。
デジタル全盛でどれだけ紙焼きを分かってもらえるのだろうか?
なんか結局自己満足かな。

503CX/TMX

親切者Xの献身
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by sa55t | 2008-09-26 04:25 | 写真
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■ 「写真をする」と言うこと2
綺麗な絵、鮮鋭な絵、特にデジが横行する昨今は誰でも気軽に撮れるようになったと思う。これはこれで大変良いこと。
しかしそれが写真かと言うと、それは只綺麗な鮮鋭な電子の絵であって、それ以上にならない。
パパのBLOGは写真付きで出しているものの、ここにはなんの表現手法も踏襲出来ず、只のカタログすらにもなっていない。
単なる絵の羅列。適当な絵に適当なテキスト。
表現を考えた場合、どうしてもweb上の展開では相当な自制と忍耐がいるような気がして、それが思うようにいかないのなら、生の写真で個展を開くと言う、それこそ個展的な手法しかやはり思いつかない。
そこに意志を入れたテーマとそれを軸にした写真の選択と構成。これでなんとかこちら側の意向が見る側に伝わるのかな。無理かな。
しかしこれほどwebが浸透してくると、個展というテーマのある展示も時間やコストや効率をえると、以前の様に個展を開くぞと小躍りして開催も出来ない。
自分的に非常に難しい過渡期なのかも知れない。
結局自己満足に100万使えるかってことかな。


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by sa55t | 2008-09-25 01:26 | 写真
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■ Distance
写真を展示する際、いやいや、どれだけの距離を鑑賞者と間におきたいか。
箱の大きさもさることながら、これはスゴーク大事な事。
どこかのプリントシロートがTP使うなら微粒子だから大伸ばしに耐える云々。
馬鹿も休み休み言え。
フィルムフォーマットやISO感度なんかは印画の大きさに関係ないって事が全く分かっていない。
バイテンやシノゴをベタで見せる人もいれば135でメーターロール紙で大伸ばしにする人もいる。
どう見せるか、大きさで何を訴えるか、どう距離をおくか。これが一番肝要。
一回だけパパは大伸ばしをしている。コルプスの終了講評用に。
全紙9枚を3x3で襖に貼り、水平に露光を掛け9枚で一枚に仕上げる。
これを2作品作って展示。1ネガ仕上げるのに一晩掛かった。
細江さんはにやっと笑って講評無し。って評判悪かったんだね。と言うか大きさのこけおどしだったか。
パパ的にはインスタレーション要素もあって良かったけどね。
でね、この時ばかりはRCでやりました。内緒ね。

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by sa55t | 2008-09-24 01:05 | プリント
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■ 見方
「人と違った角度でものが見られなくなったら(中略)・・・・。
綺麗なものを見て、美しいと思うだけなら五歳のガキにだって出来る。」

「今の報道写真ってのは、なによりも人に与えるインパクトが重要なんです。要するにどぎつさで人を引きつけようってわけなんです。安定した構図より不安定さを。美しさより醜さを。より強烈に、より醜悪に・・・・。(中略)そんな見方しかできない目は、腐りかけてるも同じですよ」
震源/真保裕一/講談社文庫

Hexar/TX
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by sa55t | 2008-09-23 02:32 | その他
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■ ゾーンへの反省
一時期、ゾーンにはまってました。
と言うはレンズが捕らえる光を全て印画紙に反映したかったからです。その手法の一つとしてゾーンシステムなるものがあります。
自分なりのシステムを完成し、それがうまく印画に反映されたときの美しさや喜びは格別なものがあります。
手工芸品を仕上げた達成感とでも言うんでしょうか。
ネガは大きければ大きい方が良いと言うことで、多くのゾーンマニアは大判を使います。
ワンカット1枚ですから、ネガ現像がその一枚の露光に対して自由に行えるからでしょう。
ロールを使えば当然、一つの現像方法で全カットがまかなえるはずもなく、どれかが犠牲になったりしてしまいます。
ゾーンとはそのシステム上、如何に千差万別の世の中の照度差を、ある階調に(そうmax7段階ぐらいでしょうか)納めるというものでともすると、愛好家はグレーのグラデーションにその神経をすり減らし、粒状性を極めたりと、写真本来の領域から大きくずれていく場合が良くあります。つまり写真として面白くないものが多く、本末転倒もよいところ。もちろん中には素晴らしい絵や素晴らしい瞬間をゾーンでこれまた素晴らしく再現される方も多くいらっしゃいます。
と言うと事で、いつしかゾーンからは離れ、粒状性はTPで補い、仕上げをきっちり行い、極力写真らしい絵を求めて別方向に動き出しました。
これがTXの使用であり、そのハイスピードから写真の別の領域に足を踏み込んだのでした。
で思う、写真は絵がありき、処理は二の次、好きに処理すれば良し。飛ぼうが潰れようがお構いなし、それが写真だと言うことでしょう。当ったり前だぁね!ばか!

お引っ越し
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by sa55t | 2008-09-22 02:34 | プリント
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■ 自画像
男は40過ぎたら顔に責任持てって。
どうしても40過ぎたら、それこそ「今まで」が全て顔に出ちゃって、それに責任持てって事なんだろうね。
パパとしての顔はあるけれど、人様に見せられる顔がって言われると・・・・。

で、体はあんまり人には見せるものじゃないけれど、体は、今度は自分自身で責任を持たなくちゃいけないね。
お前達が大きくなるまで頑張らないとね。
せめて、このBLOGが渡せるまで頑張らないとね。

で、女は何歳から顔に責任持つんだろうね。

2008/09/17のパパ
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by sa55t | 2008-09-21 02:39 | ポートレート
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■ TPがもう無いと言うこと
パパの常用フィルム。
長い試行錯誤の上たどり着いた3種類。
メインのTP、100はTMX、400はTX。
TPが無くなると聞いたとき、身を切られる思いでストックを買い込んだ。
専用現像液も買い込んだ。
これが無くなる・・・、どういえば分かるかな、カメラを取り上げられてもう一切渡さないと通告されたようなもの
いやいや、お前達からDSを取り上げて、もうこの世からなくすと言われた気分と言えば分かりやすいか。
もう、今までのクオリティーは確保出来ないと思った。
自分なりに「踏ん切り」付けて別の活路を見いださなくてはならないだろう。と言うか感材(剤)が無くて暗室どころではないかもしれない。
ローライから低感度のfilmは出てるけど、また全データのやり直しだ。もう気力なし。
イルフォードの25はどうしても粒子が消えないし固い。

同好のTP使いとして写真家のZone Ⅶの岡崎正人さんがいる。
出て来る画質の嗜好はきわめて似ているが、彼のその徹底したプリントへの執念とも思える執着はパパは持ち合わせていない。
パパの個展の最終日、ぎりぎり駆けつけてくれた彼とひとしきりTP談義。

彼の画質への執着の一端はこんな感じで現れる。
TP(4415の方)をメインに使う、しかもiso8以下ぐらいで使う
自家調合のポタ現像液を使う
4x5がメイン
撮影時バキュームフィルムホルダーを使う
昼でも数十秒の露光時間
ものすごい各工程の温度管理
印画時のバキュームイーゼルの使用。
その他諸々。

高画質の絵は好きだけれど、ココまでストイックになれません。
詳しくは
「テクニック」
のページへ。
このページで彼の秘密のほとんどが明かされていますが、これについて行ける人は世界でも少ないでしょう。

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by sa55t | 2008-09-20 00:28 | プリント