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カテゴリ:南ア( 170 )
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■ さよならSA 3
家族に会えるのは本当に嬉しい。
しかしここを去るのは本当に辛い。
そして泣き出した空。
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by sa55t | 2009-05-29 05:36 | 南ア
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■ セントフランシスベイ1
ジョハネスバーグは1600mmほどの高地にある。
軽井沢の倍ぐらいの標高だ。だから一年中心地よい。冬だって昼間は半袖の日が多い。
そして内陸故、ヨットに乗るなどと言うことは、昔乗っていたヨットに乗ろう等とは当然念頭に無かった。
なので、海辺の街に行くとついついハーバーを探してしまう。
ヨット、それは一言では語れない。ちょっと週末に行ってちょっとクルージングを楽しむ。
それは極断面、いやいやほとんど現実からはかけ離れている。
ヨットをやると言うこと、それはほとんどの時間をすべて海に費やすと言うこと。
街を捨て、友を捨て、場合に寄っては家族を捨てすべてヨットに費やすと言うことだ。

海辺の街に行くとついついハーバーを探してしまう。しかし、そこは「ボートのハーバーだった。
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by sa55t | 2009-05-25 05:17 | 南ア
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■ クラーイスナップ
久々に何やかにやで忙しく、こんな暗いスナップなんかになってしまう。
ちょっとアメリカンでいかしてて、ずいぶんと長いキャプションを書いたつもりが、何を書いたか忘れてしまった。
あー残念。
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by sa55t | 2009-05-24 03:05 | 南ア
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■ 醜い日本人社会
面白い記事を見つけた。
萬晩報主宰 伴 武澄さんが65年頃当時の南ア体験談を綴られている。
ここで驚くのは、今と44年前とでは状況があまり変わってはいないと言うこと。
人種差別は無くなり、黒人達の中にもポルシェやジャガーを乗り回す連中が出てきて、表面は変わりつつある。
しかし、この国の底流に流れる物はどうだろう。あまり変わっていない気がする。
ここに出て来る44年前の日本人の生活と今のここに住む我々の生活にそんなに差はない。奥様方の感情もこんなに近似であるとは本当に驚きである。50年やそこいらでは、日本人は変わりようがないのか?
本来ならば、ここの国にいて、伴さんのように深く掘り下げて、物事を書かねばいけないのだろうが、当時と事情が違う一番のところは街を歩けなくなったこと。車から出ることが出来なくなったこと。当然車の中では情報が限られてしまうことだ。

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萬晩報主宰 伴 武澄
南アフリカには1965年の春からちょうど2年間滞在した。家はプレトリアの高級住宅街にあった。前庭は芝生が生えていて子どものサッカーが十分にできるほどの広さがあった。1000坪はあったと思う。

道路から出入り口が二つあって二階建ての家の後ろに乗用車が6、7台はゆうにとめられる駐車場があった。そのさらに向こうに果樹が何本か植えられている大きな裏庭があった。それまで日本では2Kの狭い公務員住宅に住んでいたから、そこは邸宅と呼んでいい住居だった。

家にはユリさんという40歳前の背の高いやせた女性のお手伝いさんが住み込みで働いていた。彼女のすみかは母屋から2、30メートル離れたところにあった。サーバント・クォーターといってどの家にも使用人の離れがあった。電気は裸電灯があるだけまし。便器は水洗だが、座るふたがなかったし、シャワーにお湯はなかった。“使用人”とはいえ母屋とはあまりにも違う住環境だった。

日本にもかつては女中や下男を置く家もあったが、少なくとも住むところは同じ屋根の下だった。だからサーバント・クォーターはまさに異なる人の住むところという印象があった。

ユリさんの賃金は食事付きでたぶん月5000円程度だったように思う。まずは白人の数十分の1以下である。主食はミリミールというトウモロコシの粉を炊いたもので、見かけはマッシュポテトのようなものだった。副食には必ず肉があったから栄養的にいえばそう貧しくはなかったが、生活レベルは雲泥の差である。

筆者が住んでいたプレトリアは南アの首都で、日本人は総領事館の5家族しかいなかった。子どもは筆者の兄弟3人とあと1人の小学生だけだったが、70キロほど離れた商都のヨハネスブルグには日本人が500人ほどいて日本人学校もあった。

狭い日本人社会ではよく行き来があった。日本人同士のパーティーもしょっちゅうあった。そうした集まりで必ずといっていいほど話題になるのが黒人メイドのことだった。「不潔」「低能」などといって罵倒するのはいいほうだった。一番いやしいと思ったのは奥さま方が黒人メイドの「盗み」にどう対応しているか喜々として話している場面だった。

ほとんどの家庭が日本では考えられないほどの王侯貴族の生活を満喫しているのに、メイドたちが「砂糖を盗む」「しょうゆがいつの間にか減っている」といったけちけちした話にうつつを抜かしていた。美しく着飾った日本の奥さまたちが砂糖を盗んだといってメイドを面罵する場面を想像するだけで恥ずかしかった。

町に出れば自分たちも差別される身でありながら、南アのアパルトヘイト政策を批判する場面に遭遇することはまずなかった。

そりゃそうかもしれない。当時の日本では想像も出来ないプールとテニスコート付きに邸宅に住み、何人もの使用人にかしずかれる。アパルトヘイトさえなかったらおよそ天国といっていい。多くの日本人はその生活レベルに舞い上がっていたに違いない。しかし筆者にはそのアパルトヘイトが許せず、現実を直視せずにアパルトヘイト政策を支持するような日本人こそが醜い存在だった。

同じような日本人社会は南アが特別ではなかったはずだ。タイでもインドネシアでもあったはずだ。戦争に敗れて20年しかたっていない日本人はようやく豊かさの入口に立っていたが、まだ貧しかった同じ有色人種の仲間たちを白人以上にぞんざいに扱っていたのだ。

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伴さんは面白い視点で南アを分析しておられる。
興味のある方は以下をどうぞ。
アイ・アム・ノット・チャイニーズ
お前たちの来るところではない
ヘイ・チャイナ・チャイナ
南アフリカでインドに目覚めたガンジー
ローデシアの一方的独立


黒人の家の中を覗いてみよう。ここは少しハイクラスの黒人の家、ずいぶんと広い。
パラフィン使用のコンロ その横は照明用のろうそく。 炊事設備はこれだけ。隣に見えるロッカー?にすべての持ち物が入っている。
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共同蛇口が多い中、何と水道が来ている!しかし電気は来ていない。光が入っている!!!
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ベッドと、枕元には娯楽用のラジオ。壁には教会の制服と教会の創始者の写真。持ち物はほとんどなし。メイド部屋だと最近はこれに便所とシャワーが付く。
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国民の大半を占める黒人はこういう黒人居住区に住んでいる(タウンシップという)建築材料など無く、拾ってきた廃材を紐で縛って出来上がりと言う家が大半。他国に比べれば、この国の家は屋根や壁が有るだけまし。4本の柱にゴミ袋のビニールをかぶせただけのような家が多い国の連中から見れば、ここは天国に見えるだろう。だからか、不法移民は後を絶たない。
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by sa55t | 2009-05-21 05:58 | 南ア
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■ 書斎から
万感の思いで外を眺める。
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シロートの皆さぁぁぁん ピンだけ変えて遊んでみましたよ。
クロートの皆さぁぁぁん つまらない写真ですみません。
息子さんたぁぁぁち パパはこんな事してあそんでまぁす。
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by sa55t | 2009-05-19 01:47 | 南ア
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■ 売れない写真集
写真集など、よく売れたと言ってもたかが知れている。
そんな中でも、犬猫や花を扱えば、そこそこの販売部数は見込めるらしい。
楽園系の旅行の写真集も意外に数は出ない、と出版系の友人から聞いたことがある。
更に彼が言うには、写真の(写真集の)質が高ければ高いほど、販売部数は逆に減る傾向にあるそうだ。
そういえば街の本屋の写真集コーナーを覗けばさもありなんと頷ける品揃え。販売部数は知らないがオネーチャン系が幅をきかせている。
カメラは日本製が世界を席巻する中、カメラ本体の話しばかりが多すぎで、写真自体の話しになることなど希であろう。
よしんば写真の話しになっても、やれボケがどうのピンがどうだ、いやいやこの解像度は、と何が写っているかなどお構いなし。
あげくにピンが来ている写真を見ては「クー」等と奇妙な声を発したりしている。
どうもお寒い世界である。blogだって猫出してりゃ良いってもんで、これまたお寒い世界。
質の高い人も当然見かけるが、やはり一般受けはしないだろう。

じゃ自分は・・・・? 同じ物をかたくなに撮り続けている人には頭が下がるが・・・・下がるが飽きる。
自分も自信のblogに飽きる。で、否応なしに色々なパターンを出してみて、みんなの反応を楽しんでる所もある。
無理矢理一般受けしそうな絵を出してみたりする。
自分の好きな物だけ出せと言われれば、どうだろ、こんなのは自分が大好きカテゴリーだ。
でもこればっかりじゃ飽きちゃうしねー。
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by sa55t | 2009-05-17 06:15 | 南ア
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■ 花金、華キン、ハナキン?
どういう風に書いたらいいか知らないけれど、今日はハナキン。
月曜日が憂鬱な彼らも、金曜日になると元気はつらつ、交わす言葉は「金曜日だね」
みーんな早めに仕事を切り上げて、すっ飛んで家に帰る。
今日はちょっと一杯やってきますか? なんてのは皆無な国。
日本人? もちろんそれに習って一目散に家に帰る。
でもね、ちょっと一杯は・・・。 しょうがないから、一人喰いのレストランの入り口のバーでちょっと一杯。

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by sa55t | 2009-05-15 03:29 | 南ア
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■ PE 浜散歩 (Port Erizabeth)
冬はすでに始まろうとしているのに、この南の浜の街はそんなことはお構いなし。
良い街だけれど、結局惚けてしまうかも知れない。
人間厳しい四季や自然災害は合った方が良い。対処の知恵がつく。ここの人たち、一切の対処方法を知らず。

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by sa55t | 2009-05-13 02:54 | 南ア
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■ 元トーマス
かつてトーマスは生きていた。
元トーマス
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元ゴードン
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元ディーセル10 凶器のクレーンは跡形も無し
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私はてっちゃんじゃないので詳しいことは解らず。
この軌道は日本の狭軌より更に狭い。といってでたらめな規格ではないだろう。
そう、多分日本に伝来したときは、多分トロッコのあの狭い軌道に採用されたのかも知れない。
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by sa55t | 2009-05-12 01:38 | 南ア
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■ 造反
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photo by Mam
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by sa55t | 2009-05-11 04:53 | 南ア