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■ 京都議定書
家畜のゲップに含まれるメタンの量も計算される。
例えばニュージーランドでは4000万頭の羊のゲップを計算すると国全体の排出量の半分!に相当するという。
日本では沖縄にいる水牛80頭のゲップも計算する。(朝日新聞)

研究に出資する側は--それが製薬会社であれ、政府機関であれ、環境保護団体であれ--これこれの結論を出して欲しいという思惑を持つ。何の縛りもなく、自由に結論を出して良いとする出資者はまずいない。科学者の側は、今後も継続して資金を出してもらうためには、出資者が望む結果を出さなくてはならないことを知っている。そのため、環境保護団体の発表する”研究成果”は企業サイドの発表する”研究成果”に負けず劣らずバイアスが掛かってしまう。政府発表の”研究成果”もまた、同じように偏向している。どちらに偏向するかは、依頼主の省庁やその時々の為政者によって変わるが、偏向していることに変わりはない。公正で偏りのない結果を許容する出資者など、この世には存在しないのである。(マイケル・クライトン「恐怖の存在」)

地球温暖化が叫ばれて久しいが、米が逃げている理由の一つに、二酸化炭素に因る温暖化傾向に科学的な根拠がないというものがある。
最初は米企業保護的プロパガンダであろうと思っていた。単純に地球は暖かくなり始めていると感じていた。
こういう岬に立つにつけ、この国の環境への無関心、周辺国の環境どころではない、明日の糧を求める幼児を抱えた5-6歳の世帯主を見るんつけ、そしてプラネットアースの驚異の映像を見ても、どうもこの地球というマクロの生態系はチョットやそっとでは破壊が出来るものではないと感じられるようになってきた。
先進国のヒステリー的恐怖観。それを煽るマスコミ。調査捕鯨反対の過激なテロ的行動。どうも我々先進国の意味不明の思惑で動いているような気がしてならない。自分たちが十分享受してきた文明のツケを、食うや食わずの貧国の国民に二酸化炭素タテに何かを押しつけているようでならない。
そして50億年に渡る地球の瞬きにも満たない一瞬の人間が存在し得る生態系に「小さな」変化が現れても、俯瞰的に見たときの地球には何事もなかったかのように、次の種の反映を地球は暖かく迎え入れてくれるのではないだろうか?恐竜が滅んで次の種が繁栄したように。
岬に立ってそんなことを考えた。
そんなときに「恐怖の存在」を読んだ。まさに我が意を得たりの内容で、こういう大作家から地球温暖化やヒステリックなまでの環境保護運動へ対峙する意見が読めたのは溜飲が下がる思いだった。

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by sa55t | 2008-03-17 04:03 |